2005/08/30

ロバートJソウヤーさん インタビュー


夢を持てない子供たち(大人たち)が多い中、
「好きなことを仕事にして、めっさ成功している人」に成功の秘訣や、仕事への姿勢などをインタビューをしていきます。


第一回は、世界的SF小説家、ロバートJソウヤーさんです。


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Robert J Sawyer


1960年、オタワ(カナダ)生まれ。
1996年、"The Terminal Experiment"(邦題『ターミナル・エクスペリメント』)でNebula賞受賞。2003年"Hominids"(邦題『ホミニッド』)でSF界で最高の賞Hugo賞を受賞。
日本でも星雲賞を3度受賞。他にも世界中の賞を受賞。
公式サイト http://www.sfwriter.com



今までの作品

英語版
翻訳版

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カナダ、ミシサガ市の自宅までお邪魔して、
ビールを飲みながらの楽しいインタビューとなりました。(私は緊張でガッチガチ&カミカミでしたが)


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インタビュー ダイジェスト映像
●インターネット中毒です。(31秒 0.6M)
●スープばっかり飲んでました。 (23秒 0.4M)
●チャレンジしない人へ (1分41秒 1.8M)


インタビュー本編はこちら↓
       





子供ころの話




どんな子供でしたか?


本をたくさん読んでいましたね。スポーツは苦手でした。

科学が大好きでした。5才くらいのときには古生物学者になって恐竜の研究をしたいと思っていました。両親は二人ともトロント大学で教えていたので非常に教育熱心でした。

勉強に関するものはなんでも買ってくれました。 恐竜の本がほしい、化学の本がほしいと言えばすぐに買ってきてくれました。

また両親はpacifist(平和主義者)でした。私が子供だった60年代にはモデルガンがはやっていましたが、戦争に関連したオモチャで遊ぶことは許してもらえませんでした。
また両親は、信心深くありませんでした。当時は教会にも行かない人は少数派でしたけど。両親の教える平和主義・人間主義と、宗教の主義では反する部分がありましたから。

私の作品でも、喧嘩やアクションが少なく、会話が多いのは、そういうことが影響しているのでしょう。




僕も子供の頃は恐竜が大好きでした。そう言えば、アメリカにいたとき、バスに乗っていた3,4歳の子供が、酒屋に張ってあったCamel(タバコ)のラクダのマークを見て「ダイナソー!」と叫んでいたんです。子供の恐竜好きは世界共通みたいですね。

恐竜の魅力には、既に絶滅したということ、我々よりずっと大きく力があったということ、そして今のどの生物ともはっきり異なっていることなどがあげられます。また、1980年代に、隕石の衝突という有力な説が現れるまで、絶滅の理由は完全な謎でした。そういったことも彼らをより魅力的にしていたのでしょう。



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世界各国でさまざまな賞を受賞しているソウヤーさん。
部屋にはトロフィーがいっぱいです。あと恐竜も。





インターネットの活用、仕事への取り組み方について


コンピュータはいつ頃から使い始めましたか?

最初のコンピュータは1983年の秋、23歳のときに買いました。小説家の中でもかなり早いほうだったと思います。

買った当時、妻と一緒に住んでいたのですが、コンピュータに全財産を使ってしまい、プリンタを買うために1ヶ月間スープだけで暮らしたこともありました。




何スープですか?


トマトスープ! 毎日ほとんど同じやつでしたね。好きでしたから。ケースで買えば安かったし。




インターネットをかなり活用していらっしゃいますよね?


私にとってインターネットは非常に大事な存在です。小説家には2つのタイプがいます。外の世界から完全に遮断して小説を書くタイプ、人とのコミュニケーションを大事にするタイプです。

私は毎月3回、SFファンの集まりに行っていますし、インターネットのおかげで世界中の読者とやりとりできています。多くの小説家はそういったつながりを持っていません。持ちたくないという人も多いでしょう。それはそれでいいと思います。

でも私は人と会って、フィードバックを受けるのが好きなんです。ですからインターネットは非常に重要なツールになっています。





小説を書いているときもインターネットに繋いでいますか?


それが大問題なんですよ(笑)。仕事に集中できなくなりますから。現在、妻は大学に通っているのですが、週に4日、1日5時間くらい家を留守にします。その間、私がネットをしないように、モデムの電源アダプターを持っていってもらうようにしています(笑)。




私も家で仕事をすることが多いのですが、ネットが大好きなので、フィルタリングソフトを入れて特定の時間だけしか見れないようにしたことがありました。

それやったことあります! ネットの時間を制限する子供用のソフトをつかったんです。でも、無効にするやり方を発見してしまいました。完全に依存症ですね(笑)。ちなみにそのやり方とはパソコン本体の時間設定を変更するだけでした。

今日も妻とあなたが外出している間(注・インタビュー前、私とソウヤーさんの奥さんは競馬に行ってました)妻には電源アダプターを持っていってもらいました。その間に新しい小説を2200単語ぶん進めることができました。




1日のノルマを決めているそうですね。


リサーチではなく小説の中身を書く段階では1日2000単語以上と決めています。早ければ90分で終わるし、遅ければ12時間かかります。それでも2000単語になるまでは書き続けます。今の小説は20日前に書き始めたのですが、今では41700ワードまで来ました。ずっと休みなしです。

第一稿としてすべてを書き終わるまで、そのペースを続けていきます。いつも80000ワードくらいになるので、全部で40日くらいになると思います。もちろん、そのあと何ヶ月もかけて直していくわけですが。




何時に起きる、書く、などは決めていますか?

私と妻の予定によって変ってきます。2時くらいに寝るときは10時、11時ころに起きると思います。時間に縛られてはいません。部屋に時計はたくさんありますけどね。今何時なのかは興味ありますから(笑)。




オフィスなどを別に借りることを考えたことはありますか?


考えたことはあります。ただトロントの冬はほんとうに酷いですから、目の前にあるオフィスを借りたとしても、行く気はしなくなるでしょう。

私の両親はニューヨーク州に家を持っています。2、3週間ほどその家を借りて集中的に仕事をすることがよくあります。エージェント、編集者、ごく親しい友人、家族にしか連絡先は教えません。




缶詰状態で作業するのはどんな気分ですか?


集中してできますから、結構いいもんですよ。




行く前の気分は?


最悪です。できるだけ書くことから逃げようとします。仕事以外のことはなんでも楽しそうに見えますね。ごみ捨てとかも。でも、一度座って書き始めれば集中できるんです。




いつもPDA(電子手帳)を持ち歩いているそうですが、
枕元に置いて寝たりしますか? 寝る前や起きたあとにアイディアが浮かぶという話をよく聞きますが。

すぐにメモがとれるよう、いつも手に届くところに持っています。また、小説を書いていて行き詰まったときには、寝る前にそのセクションを読むようにしています。すると次の日に解決法がひらめくことがよくあります。




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いつもこの姿勢で仕事をしているそうです。かっこいい。






アイディアの源となる私生活について




ゲーム(テレビゲームに限らず)は好きですか?

パズルとかはまあ好きですけど、基本的にあまり熱中できません。友達はゲームが好きなのでやることもあるんですが、正直勝ち負けに全然興味がないんです。

テレビゲームも 持っていませんし、パソコンにもゲームは入れてません。仕事で一日中コンピュータに向かっているので、自由な時間にはコンピュータから離れたいと思うからかもしれません。




映画はどのくらい見ますか?

映画館にはあまり行きませんが、映画を見るために50インチのテレビを買いました。それでも今は月に1,2本でしょうか。テレビは週に2、3時間くらいです。




本はどのくらい読みますか?

だいたい小説とノンフィクションを一週間に一冊ずつくらいです。
SFはもうほとんど読まなくなりました。若いときにはたくさん読みましたけど。

今SFを読んでも、仕事をしている気分になってしまいますから。どうしても批評をする目で読んでしまうんです。友人が書いたSF小説は読みますけど。読むのは、ミステリー、スリラー、探偵ものです。SFは年に4、5冊だけですね。




自分の本は読みますか?

出版されたら読みません。今まで一冊も読んだことはありません。 下書きを完成させるのに最低でも5回、多くて12回、目を通します。さらに印刷したものを2回校正します。これだけ読んでいると、飽きてしまうんです。

まあ70歳くらいになれば内容も忘れて、楽しめるかもしれませんけどね。
もちろん他の人には楽しんでもらいたいですが、自分ではもう楽しめません。

再販時に修正したEnd of EraやGolden Fleeceはもちろん読み返しました。ただ、もうそれすらやりたくありません。出版したら、次の作品に集中したいです。




リレー小説などに興味はありますか?

コラボレーションや、交代で書く小説をやらないかと誘われることはよくあります。でも、興味ないですね。自分の作品は自分だけで独り占めしたいんです。

私の専攻は“放送”だったので、脚本家になりたかった時期もありました。ただ、脚本はコラボレーションの連続です。常に他の人に合わせる必要がでてきます。それが嫌いなので、脚本家にはなれないなと思いました。
自分のやり方で思い通りに書きたいのです。

いいものができようが、悪いものができようが、自分の作品です。褒められるのは私だけでありたいし、けなされるのも私だけでかまいません。




アイディアを思いつく特別な方法はありますか?


たくさんのノンフィクションを読むこと、そしてそれを脚色するよう考えることです。
今どんな本を読んでいるかは秘密ですが、今書いている小説のアイディアについて少しお話ししましょう。

SETI(地球外の知的生命体の探査)には根本的な欠陥があります。
仮に、生命体と“会話”できるようになるとしても、その準備、つまり言語データや数学データのやりとりに、数百回のメッセージが必要になるでしょう。今の方法では数十年、数世紀とかかるのです。

短い期間しか生きられない種族が、そのような計画を成功させるのはほぼ不可能です。それにとても退屈でしょう。

次の小説ではそういった問題を解決する新しい手段を思いつきました。
そういったアイディアが出るのも、多くの科学書を読んだおかげです。そして、誰も疑問に思わないような点を追求することが好きなんです。





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世界中で出版された作品が並ぶ本棚





教育について、成功の秘訣について



トロント大学で毎年、短期間のライティングコースを教えているそうですが、子供たちに何か教えたこともありますか?

年に3,4回は学校で講義をしています。一番若い生徒で5、6年生の前で話をしたことがあります。それよりも小さい子供だと、“文章”ではなく“文字”の書き方を教えることになってしまい、私の専門ではなくなってしまいますから。

報酬は執筆よりも少ないのですが、学校の先生に頼まれて、ライティングのテクニックを教えるのは楽しいことだし、私の義務だと感じています。

また科学の授業でも講義をします。ウォータールー大学の物理の授業で講義をしたこともありますしマイクログラビティ(微小重力)の学会で話をしたこともあります。サイエンス“フィクション”の話だけではなくサイエンスの話をするんです。




日本は未だに学歴を重視する傾向が強く、子供たちにストレスがかかっているのをご存じですか?

日本には2回行ったことがありますが、そのときに多くの人から話は聞きました。

ただ、アメリカなどは、教育のレベルが非常に低く、「進化論」をカリキュラムから外そうという動きもあるほどです。カナダは比較的うまくいっているほうで、学生にそれほど厳しいプレッシャーを与えずにレベルの高い教育を保っています。

私は教育は非常に重要なものだと考えています。ただ、厳しいプレッシャーを与えすぎることは問題でしょう。




日本では特に、子供に好きなことをやらせないという風潮があります。チャレンジすらさせないというか。。。


日本だけの問題ではないと思います。私の親も、作家になるのには賛成していませんでした。経済的に不安定ですからね。仕事の保証もないし、長く勤めるほど給料が上がるシステムもない。

また、書く才能があったとしても、そのぶんお金をもらえるとはかぎらない。私より腕のある人がまったく稼げてなかったり、私よりずっと下手な人が億万長者になったりしてますからね。

父は経済を教えてましたが、彼の言い分はたしかに的を射ていたと言えます。私は仕事に有利になるような学位も取らずに作家になると言ったのですから。

ただ、私の考え方はこうです。人生は一度だけだし、それもたいして長くありません。70年、80年、90年、運がよくても100年です。
人生最後の日に振り返ってみて、「ああ、本当にやりたかったことに挑戦しなかった」と思う人生は嫌でした。これは私が10代のころから思っていたことです。

特に10代、20代の頃は、失敗してもまったく問題ないのです。挑戦することで初めて「思ったより大変だった」とか「これは私には無理だ」とか「自分には才能があるけど誰もわかってくれない」と気づくのです。

挑戦するか迷ったときには、挑戦しなかった自分と、挑戦して失敗した自分を想像し、どちらが幸せか考えてみるといいでしょう。

もちろん、理想は成功することです。ただ、失敗することもあります。「失敗したけれど全力を出した」という実感が、失敗した場合のデメリットを上回る、そう思えるのなら挑戦すべきです。

私は「自分が本当に小説家になれるのかを知りたい」と思ったんです。最初は大変でした。お金もぜんぜん稼げませんでした。成功するまでは非常に緩やかな坂を登るようでした。

ただ、自分のことを決められるのは自分だけです。もし親が「そんな仕事はだめだ」と言ったとしても、それは“親にとって”だめ、という意味なのです。自分にとっての正しい選択は自分にしかできません。

両親は協力的でなかったわけではありません。単に「賢い選択ではない」と考えていただけです。でも、私が成功を収めるようになると、誰よりも喜び、誇りに思ってくれました。

確かに、統計学的に考えれば、彼らは間違ってないんです。小説家として成功する確立など非常に低いですから。私を心配してくれていただけです。成功する人は100人に1人もいないのに、私の子供がその1人であるはずはない、と謙虚に考えていただけです。まあ私は、「僕がその1人かもよ?」って思ってましたけど。




自分の作品を親に読んでもらって、説得しようとは思ったことはますか

出版されるまで、読んでもらおうと思ったことはないですね。1992年に、TorontoStarというカナダ最大の出版数を誇る新聞が、私のかなり大きな記事を書いたときに初めて「あ、そうなんだ」と思ってくれたようです。




やりたいことがあっても挑戦しない人がたくさんいます。そんな人たちのためにメッセージをいただけますか?


自分の成功や失敗を本気で気にしている人は世界中で自分だけなんです。自分の人生のことは、自分で決めなくてはいけません。

また、
成功するにはなにかを犠牲にしなければなりません。私も小説家になると決めてから、映画やパーティに行くのを我慢して、小説を書く日もありました。先のことを考えずに、目の前のことを楽しむのは、とても楽なことですけどね。

成功の秘訣といえば、常に10年先のことを考えていることでしょうか。最初の目標は、一冊めの小説を完成させることでした。その次の目標はHugo賞を取って、自分がトップレベルの作家だと証明することでした。

最初の小説を出版したのが1979年、Hugo賞は2003年にとったので、目標を達成するのに24年かかったことになりますね。ともかく長いスパンで目標を設定することが大切です。先を見据えて、その目標に向かって進んでいくことが大切なんです。




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